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活動記録

森岳商店街では、これまで様々なプロジェクトを進めてきました。その記録をご覧いただけます。

『幻の廊下橋復元プロジェクト』(終了)

天守閣復元前、島原城本丸への唯一のアクセスルートだった『幻の廊下橋』。
この廊下橋を復元するプロジェクトを、森岳商店街で進めています。詳細は以下のバナーからどうぞ。
公開は終了しました。たくさんのご来場ありがとうございました。

イベントスペース・観光案内所『森岳酒蔵』の運営(2月5日(金)〜3月6日(日)再開中)

森岳酒蔵ってなに?

森岳酒蔵は、島原さらくプロジェクトとして、森岳商店街などの協力を得て運営されている情報発信型イベントスペースです。
島原には、島原城をはじめとした知名度の高い観光スポットから、人知れず渾々と湧き出る湧水、江戸時代から現存する歴史的建築物等、多くの見どころがあります。『せっかく島原までお越し頂くのであれば、島原観光を存分に満喫していただきたい』との想いから、森岳酒蔵は設立されました。

明治39年に建造された酒蔵の建物を中心とし、島原城近辺・森岳商店街の観光情報をご提供させていただきました。

森岳酒蔵には観光案内所とは別にイベントスペースとしての側面を持っていました。
島原で一番盛り上がるイベントを目標に、観光客のお客様と、観光地に住む地元の人間が一緒に楽しめるイベントを定期的に開催しました。
江戸の情緒が溢れる街で、ジャズライブや骨董市、寄席などを開催しました。

四半的弓道

四半的弓道とは、宮崎県日南・飫肥城(おびじょう)に400年前から伝わるミニ弓道です。
的から4間半(8m20cm)の距離で、4寸5尺(約1m60cm)の弓と矢を使い、4寸5分(約13センチ)の的を射って当たりを競います。
全ての長さが4半なので四半的と呼ばれています。

酒蔵では300円で四半的の体験ができました。初めての方でも子どもさんでも出来ますし、商店街のイケメン指導者が好評でした。。
的の真ん中に当てた方には「青い理髪館」特製『手作り(マド)的レーヌ』をプレゼントのサービスを行いました。



島原さらくプロジェクト(終了)

みなさん、最近歩いていますか?「さらく」とは島原弁(長崎方言)で「歩いてぶらぶらする」の意味です。
『島原さらくプロジェクト』は『歩いて楽しい街づくり』をめざして、森岳まちづくりの会が島原市と連携をとって、森岳商店街はじめ多様な団体と協力して進めているプロジェクトです。(内閣府の「新しい公共の場づくりモデル事業」に指定されています。)

島原は島原城、武家屋敷を中心に、徒歩で移動できる範囲に多くの観光名所があります。
歩いて観光することで、古い建造物、街の雰囲気、歴史の面影を五感で感じることができます。
島原城を望みながら湧水に触れ、季節の移ろいを感じ、道祖神に手を合わせる・・・。慌ただしい日常から離れ、のんびりと歩きながら、島原観光を楽しまれてはいかがでしょうか。

島原城のお堀の中を通り、武家屋敷を抜け、気が向いたら脱線してみるのもいいかもしれません。
島原散策は是非パンフレットを片手にどうぞ。こちらから印刷もできます。

城下町散策コース

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散策ポイント

酒蔵

散策コースのスタート地点です。笑顔の素敵なスタッフが年中無休でお待ちしています。
有形登録文化財建築である酒蔵は、かつて焼酎の保管庫として使われていたものです(明治38年建造)。
焼酎の蒸留に使われていた丸いレンガ煙突は非常に珍しく、筑豊の炭鉱にしかありません。
ここ、東虎口門は島原にあった七つの門の一つです。普段は閉じられ、城内と城下町を区切っていたといわれています。
現在営業を停止しています。

森岳の街並み

400年の歴史を刻む森岳の街並みは、島原城のお膝元に生まれました。1894年の島原大変の大被害も乗り越え、長らく島原半島の中心商店街として栄えました。通りに垣間見られる石垣はの連なりは、そのまま島原城郭ラインと重なります。
かつて『平戸屋』と呼ばれ、吉田松陰が宿泊した保里川家住(江戸末期建造)をはじめとした、有形登録文化財建物がいくつも残っています。
車社会になって、一時期時代に取り残されてしましたが、それゆえに街並みが残り、現在は歴史を活かしたまちづくりを進めています。

青い理髪館(工房モモ)

大正12年(1923)年の床屋さんがそのまま残っていて、自由に入場できます。
1階が観光案内所兼喫茶室。ホームメイドのお菓子や、ケーキがお勧めです。
森岳地区には江戸時代だけではなく、明治大正時代の建造物が多く残されており、登録有形文化財建物に指定されています。
江戸時代の歴史と明治大正時代のノスタルジーが同時に体感できるのも、森岳地区の醍醐味の一つです。
2階はギャラリーになっています。

もちろん江戸の昔には堀に降りる道などありませんでしたが、お城の公園化で菖蒲園などとなって一般公開しています。
小川のせせらぎを聞きながらやわらかい土を踏みしめるのはとても良い気分です。現在堀には菖蒲・蓮等の植物が植えられ、四季折々の表情を見せてくれます。
現在文化会館が建つこの一角は二の丸跡。となりの小学校と高校は三の丸御殿の跡です。
夏場には蛍も見られますが、足元にはご注意を。

時鐘楼

島原藩の名君松平平忠房公は『民に時刻を知らしめ、これを励行せしむることは政治の要道』と時を告げる鐘を鋳造させました。
明治維新後も長くお城の鐘として重宝がられていました。はるか有明海で魚釣りをする人にも役立つ名鐘でしたが、戦争で供出。戦後復活しました。
いまでもゴーンという鐘の音が聞こえてきそうです。

武家屋敷

この界隈は下級武士たちの屋敷跡。今も3軒が公開されていて自由に出入りができます。お邪魔して座敷から庭を眺めると武士気分を味わうことができます。
かつてはすべての通りの真ん中に水路がありました。車社会になって他の通りの水路は姿を消し、この通りだけが貴重な遺産を残しています。美しい街並みは町内の人たちの努力のたまものです。
この通りに住む多くの家庭が当時の石垣をそのまま活用しています。

島原城

全国にお城は数多くあれど、島原城は実践を潜り抜けてきた珍しいお城。島原の乱で一揆軍の猛攻に耐えた天下の名城です。石垣は当時のまま残されており歴史的価値の高いものです。築城に要した莫大な苦役とキリシタン弾圧が『島原の乱』の引き金になったのも納得できます。数千の一揆軍は侵入できなかったお城ですが、今は歩いて進行ください。
現在の天守閣は、昭和になって市民の浄財によって建造された物で、内部は超一級のキリシタン関連資料館となっているのは皮肉なものです。入口で忍者が待ってますよ。入館料520円。

幻の廊下橋

天守閣(本丸)から梅園を抜けて、二の丸との間の堀に抜けられる道があります。これはもともとなかった道で、かつてはお堀の底に沈んでいた箇所です。今はゲートボール場になっている場所から見上げると、本丸・二の丸双方の石組から、この堀をまたぐ廊下橋の存在が浮かび上がります。先ほど進行した本丸の入口は当時は無く、本丸への唯一の通路がこの廊下橋だったといわれています。本物の石垣に触れながら、在りし日の島原城を想像してみてください。
…見えてきましたか?
地元では梅園としても愛されています。

佐久間邸跡

上級武士たちはお城の周りと三の丸北側辺りに陣取っていました。
この佐久間邸跡もその一つ。昭和時代まで現存していましたが、今はその跡だけが残っています。
石垣も隅切りで丸く積みなおされましたが、当時の面影を残しています。
森岳地区ではこのように今でも多くの石垣が新しい商店や住宅の合間に残されており、それを探すのも楽しいものです。

松平文庫

島原藩大老・松平勘解由屋敷跡は島原図書館に生まれ変わりました。
図書館の2階には藩政時代の貴重な文書類が『松平文庫』として伝わります。その数1万点!!
日本中の研究者が注目する貴重な資料ですが、もちろん一般の方もご利用いただけます。
ホームページはこちらから。

ライブイベント(次回未定)

酒蔵コンサート

ジャズ・クラシック・フォークなど幅広いジャンルの、聴きごたえのあるライブを開催しています。
歴史のある建物と音楽を楽しまれてはいかがでしょうか。

酒蔵寄席

不定期ですが、寄席を開催しています。ベテラン落語家から地元の若手まで、幅広いラインナップでお届けしています。



その他の記録

森岳商店街では、歩いて島原観光を楽しんでいただくため、以下の活動を行ってきました。
   ・街並みの整備
   ・トイレ等のファシリティ設置
   ・手荷物預かり所の設置
   ・散策コースの選定
   ・車いすの貸し出し
   ・観光案内所の設置
今後も、皆様に楽しくしまばらをさらいて(散策して)頂くための活動を続けてまいります。
ご意見・ご要望等がございましたら、お気軽にお問い合わせください。